週刊チャオ、まだあります

かつてチャオBBSにいた全ての人たちへ、ぼくたちはまだ"週刊チャオ"にいます。

チャオと小説と黒歴史(3)

 どうも。それがしです。

 

 今回は、(2)で予告していた通り、僕の週チャオ(or 週チャオ掲示板)にアップした小説の中で、割と印象に残った三つの小説を順に紹介していきます。

 

 今更ですが、それがしと言う頭のおかしい子の来歴を簡単にご紹介します。

 僕は当時まだ中学生だった2004年にHN緑茶オとしてチャオBBSにデビューしました。そこから4年間、途中何度かHNを変更しながら、最終的にHNそれがし(某)に落ち着き、週チャオに小説をアップし続けていたのですが、2008年にチャオBBS閉鎖に伴い、継続アップも中断しました。

 

 その後、週チャオ掲示板に足を運んだり、スカイプでチャオラーと連絡は何度か取っていたのですが、大学生となった僕は色々現実で苦労を重ねてきて、その交流もいったん中断。

 最終的に、2013年に社会人となった折に、久々にチャオ小説を書こうかということで、週チャオ掲示板に小説をアップしました。

 

 で、それが最後の執筆なのですが、現在2018年です。その前後になんと5年のブランクがある訳です。(僕も、今こうして改めて考えるまで全く気が付きませんでしたが……)

 

 だから、そう考えると、実働はさほど長くはありません。

 チャオという存在にも他の方ほど触れていた期間も短いため、知識もすっかり薄れ、久々のチャオラーオフ会で、僕はチャオ検定作成者でありながら、散々な知識の薄さを晒してしまったわけです。

 

 当然それはチャオ小説に関しても同じことが言えて、僕が当時書いていた小説の殆どが、今や忘却の彼方へと飛び立ってしまいました。

 ただ、そんな中に有って、数は少ないですが、僕が執筆した小説で未だに印象に残っている作品がいくつかありますので、それを今回はそんな作品たちをご紹介しようと思います。

 

D&H(和田須磨子殺人事件)

 ある意味、頭の中に残っている小説です。

 

 2007年2月執筆なので、当時、それがしは高校一年生。

 大人びたクラスメイトに囲まれて、僕はまるで浮いていました。本当に中学校の延長線上みたいなクソガキのままだった覚えがあります。

 で、この作品はその記憶が正しいと追認するような内容で満ちていました。

 

 話の内容は、一般的な探偵ものの小説に沿った、簡単なトリックを交えた話だったのですが、いくつか、当時の方々に謝らないといけないということで、今回、この作品を取り上げたということも有ります。

 (2)では、過去の自分を認めよう!とか言ってましたが、やっぱり、それでも「今でも過去の自分が許せないし、憎らしいと思う側面もある」と言うことです。

※というか、むしろそっちの方が多いんではないか……。

 

 当時より週チャオHPは存在していたのですが、そこのチャットルームで良く集まるメンバーで小説グループを作って、企画ものの小説を書こう、なんていう活動をしていたことが有ります。

 その名もSRFBD。

 スマッシュ氏、ろっど氏、冬木野氏、某(それがしですが、ぼうと呼べばBになるので)、DXチャオ氏の5人です。

 

 今作品はその企画の中で確か〈探偵もの〉をしようと僕が企画して始めたと記憶しています。

 で、何故か、スマッシュ氏が殺されるという前提まで付けました。

 当時、敢えて有名人の実名で〈〇〇殺人事件!〉とかいう企画ドラマが流行っていて、僕もその流行に乗っかった形でした。

 けど、まあ、それにつけても、当時まだ顔も合わせたことも無い相手に対して〈君、殺されるということ前提ね〉と企画を押し付けた僕は、とんでもなくキチな子だったということが窺い知れます。

 

 まず、普通に考えれば、実在する人物を〈殺人事件で殺される〉という前提で小説書かせるのも論外なのですが、それでも最後のセーフティとしてその人物を〈やっぱり殺されてなかった!〉として復活させれば、まだ謝罪の余地があります。

 実際、他の方の小説では例外なく皆さんスマッシュ氏を復活させていた(もしくは最初から殺されてなどいなかった)として終わらせていました。

 そんな中、僕は只一人、そのまま〈殺された前提〉をひっくり返さずに小説を終わらせました。クズですね。

 

 で、これは小説本文よりも記憶に残っているのですが、確か小説の感想が付いた際に「まさか本当に殺されるとは思っていなかった」という一文が在りました。

 当時はバカだったので「?」でスルーしてた僕ですが、今考えればそうであって当然という意図で書いたのでしょう。

 

 小説って何が面白いって、当時の執筆者の性格が窺い知れるということですね。

 よく女性の勘は鋭いとは言いますが、それは彼女らが相手の細かい所作を覗いて、大体どんな風に生活しているかを手に取るように理解しているからだと思います。

 で、小説は、そんな細かい気づきを文字化してくれるだけ、より多くの人に、書いた人の人となりを分かりやすく伝えてくれるものです。

 果たして、この小説を書いた〈某〉という男はろくでもない奴だったということです。(過去形にしてしまっていいのか、非常に悩ましいところはありますが……)

 

 で、もう一つ言っておきたいことが有りまして……。

 まず、この小説のネタバレをしますと、結局犯人である警察官が汚職を小説と言う形で公表されるのを妨害するために殺害したという話です。

 ただ、その汚職がですね、まあ、本文読んでいただければわかるのですが、汚職とかいうレベルじゃないくらいのクズなこと(もう、閲覧禁止と言いたいくらいに)をしていまして、その犯人役も冬木野氏という当時週チャオにいた方を使ったキャラだったので、汚職の内容にしろ、キャラにしろ、書いた僕は当然クズと言うことです。

 まあ、多分、似たような実在の事件があって、それが僕にとって衝撃だったため、その事件の内容を引用したということなんだと思います。

 が、それに反して、最後の締めはいかにも探偵小説っぽくフィクションのようなセリフで締めようとしたのか、そのクズみたいなことをしでかした警察官に対して、こんな発言を主人公はします。

 

本当は優しかったんだ。あなたは。
だから、自分の罪につぶされそうになった。
その矛先がたまたま須磨さんに向いただけ。
偶然なんだよ。全部、偶然・・・。

 ※須磨さんとはスマッシュ氏を使ったキャラクターです。

 

 アホか。

 とこの記事を執筆中思わず口に出したくらいには、矛盾したことをほざいていますね。人様をモチーフにしておきながら、まともに推敲すらしていない……。

 こんな昔の僕でも、犯罪については一般人と同様の倫理観を持っていることは自負していましたので、恐らく、現実のモチーフと小説のモチーフがごっちゃになった結果生まれた矛盾だとは思うのですが……今なら確実に炎上案件ですね。間違いない。

 

 しかし、このときから10年以上経ちましたか。こんなクズみたいなことをインターネットでやらかしていた僕も、今や普通にリーマンしてます。

 一つ思うのは、これが少しでも時代が違っていて、たとえばSNS全盛期で、自分のしでかしがより早く拡散する今の時代にこれをしていたら、果たして僕はどうなっていたのでしょうか。

 

 チャオBBS、あるいは週刊チャオがSNSのようなプラットフォームで運営されていたとしたら、きっと、フリー素材の〈ツイッターで炎上している人のイラスト〉みたいなことになっていた気がしてなりません。

 そういう意味では、僕はある意味運が良かったのだと思います。

 だからこそ、このD&Hのような他人に迷惑かけまくって我が物顔しながら小説書いていた記憶を掘り起こすと、そこはかとない、背中にスーッとした冷気が走ってしまうのです。

 

 こういう教訓を黒歴史から読み解くのも、大事なことなのかもしれませんね……。

 

JAM

 お次はこちら。僕の小説、と言うことで度々チャオラーの話のネタにもなることが有るJAMという小説です。

 

 僕自身の印象に残っている理由はいくつかあるのですが、やっぱり、自己顕示欲の塊だった僕にとって〈感想がいっぱいもらえた小説〉と言うのはそれだけで高価値になります。この小説はチャットルームや実際の感想スレで結構沢山の感想(10個くらい)を頂いたので、僕の中では一番印象鮮やかな小説となりました。

 

※ただ、確かあのとき、クレクレ魔だった僕はチャットルームで自分より年下だと知っていた子に〈感想書いてー〉としつこく言っていた記憶があるんですよね。手段と目的を逆にしているというか、ポツリと垂れ堕ちた真っ黒い染みみたいな感じで、未だに僕の記憶に残っています……。

 

 ただ、今回語るうえで、僕は決して自己満足だけではこの小説を紹介は出来ません。

 と言うのも、この記事を書く上で久々に見返したのですが、まあ、言いたいことが山ほどあるんですよ。良くも悪くも

 まあ、なんで、今回は半分冗談に、このJAMという小説の作者的反省を含めてポイントにまとめてお伝えしようかと思います。

 

☆JAMあるある その1 ストーリー全体に蔓延るポエム脳

 

 チャオと小説と黒歴史(2)でも語ったことなんですが、この頃の僕は〈歌詞〉を作ることに余念が有りませんでした。しかもそれは単純に歌詞単体としてだけではなく、小説の中に散りばめることでも存在感を発揮しているわけです。

 もうどういうことかお分かりだと思いますが、つまるところJAMもその半分がポエムに浸食されているということです!

 というか、もう、説明文含め、ほぼポエムですよ!!

 以下の引用を読んでいただきたいのですが、こんな感じの説明文がこのJAMのデフォです。

 

亜子は笑う。俺も笑ってジャムに手を伸ばす。
Inborn,Past,Yesterday,Today,Tomorrow,Furture,…
ジャムをむさぼりながら生きてきたこの25年間。
そして、ジャムをむさぼりながら生きるこれから、since today afternoon…
亜子と俺はジャムと共に、生きていく。
いつまでも、生きていく。…

 ※亜子とは、このJAMのヒロインです。17歳で、小柄で、ミディアムショートで、主人公LOVEな女の子です。作者のアイタタタな妄想が詰まってますネェ……。

 

 僕は正直に申し上げますと、この説明を読みながら笑ってしまったんですが、皆さん、いかがでしょうか?(個人的には"since today afternoon..."がツボ)

 昔の話なんで、多少客観的に見ているところはありますが、それでもこれにはさすがに赤面でしたね。

 何といっても、これを書きあげたときは〈いいものができたぞ!〉という自信に満ち溢れていたので、人にも〈読んで読んでー〉なんて薦めていたので、恥ずかしさ二倍増しとはこのことです。

 今、こうして記事を書いていて「よしんば、この記事で興味を持った人がJAMを読むということになったら、どうしよう?」なんて思っていますので、出来れば記事を読んだ皆さんには、あまり読まないように、ね、よろしくお願いいたします。

※フリじゃないよ!!

 

 ただ、一つだけ、今僕が小説を書いていて羨ましいと思ったのは〈導入〉の点ですね。ここについては、この小説、憎たらしいことにまー結構うまいこと物語の世界観を演出していました。

 自分の小説なんで、ちょっとは良いところも紹介しておきたいですしね。

 その部分だけ抜粋して、引用してみました。

 

楽園という物が、あるならば、俺たちは幸せなのだろう。
あるいは、そうだと意識できる、
昔からある場所があるならば…。

したたかな猫はまた灰色、足早に路地裏を駆けていく。
俺を囲む左右のアパートは古く、
それに伴うレトロな感じもない、…ただ、汚かった。
人の動く声がする、話す声もする。

俺はまた立ち止まり、そして、歩き始める。

左から右へ、右から左へと竹竿が刺さっていて、
そこに、茶色い汚れを塗りつけたシャツが乾かしてある。
ここはスラム街。
人が過去を背負い、未来を疑う。そんな街。

俺はまた歩き続ける。

キラキラと輝いているこの世界の裏側。
お金持ちがまるでゴミ箱のように、少しのお金をばらまく世界。

昔、日本は良い世界だった。
しかし、いつの間にか借金がはじけ、この国に正式な政府が消えた。
そして、この借金の山のこの土地を、引き取る優しい国はなく、

今、ここは大半がスラムとなった。

 

 突っ込みどころが有るのは承知の上で、今の僕にはここまで簡潔に世界観を説明して物語を始めてやろうという能力はありません。

 語彙力とか、表現手段とか、財政やスラムに対する見識の甘さはさて置いて、単純明快と言う点で、昔の僕は上手くやっていたなあと思う所存です。

 

☆JAMあるある その2 チャオへの不当な扱い

 

 さて、このJAM、上記のようにロクな説明文でないまま物語が展開していきます。

 ハッキリ言ってしまえば「これはひどい」と今の僕は思ってしまうのですが、それでも当時は感想が滅茶苦茶つきました。

 もちろん、僕が読んでー、書いてーと急かしたのも原因だと思うのですが、それも元々沢山感想が付いて「よし、もっと読んでもらおう!」とモチベーションを上げたのがきっかけなんで、それなりに人の興味を惹いていたということです。

 

 じゃあ、その興味の先とは、つまるところ、この作品でのチャオの扱いに有ります。

 

 週刊チャオは結局のところ、可愛い可愛いチャオというキャラクターに魅了された人たちが、その妄想を自分の育てているチャオに託して物語を紡ぐ紳士の社交場でした。

 だから、当然のごとくチャオと言うキャラは大事にされました。チャオは主人公であり、絶対的であり、ゆえに、チャオそれ自体をどうこうしてやろうなんて言う小説は全くといっていいほどに有りませんでした。

 

 この小説が公開されるまでは。

 

 さて、この小説のタイトルJAMですが、これはそのままの意味であの食べるジャムの事です。

 皆さんは何色のジャムを思い浮かべるでしょうか。

 大抵の人はきっと、オレンジ色のマーマレードか、紫色のブルーベリーか、はたまた、真っ赤なイチゴジャムだと思います。

 今回の舞台は、近未来の日本で、食料が枯渇する中、とある真っ赤なJAMが安価で流通していました。主人公やヒロインは、貧しいながらも、それを食すことで、何とか生活を続けられていました。

 真っ赤なジャム。

 それは誰もがイチゴジャムを思い浮かべることでしょう。

 でも、このジャムはそんなイチゴジャムよりもはるかに安く、はるかに栄養価が高く、まるで人に幸を与える何かをそのままJAMにしたような、そんな食べ物でした。

 

 そして、ある日、主人公とヒロインのところに一匹のチャオが逃げてきました。

 真っ赤なチャオ。

 ふと嫌な予感がしたヒロインはそのチャオを匿い、間もなく食品工場の男たちが数人慌てたように辺りを捜索し、そして、主人公らの方にも事情を聴いてきます。

 

「なぁ、この辺にチャオがいたのを見かけなかったか?」
「…いや、見てねぇな。」
「そうか…いやぁ、困った。あれで『3本』は出来たのに…。」

 

 3本……?

 チャオを数える単位としてはとても想像のつかない単位に、主人公は首を傾げます。

 逆に、男らは何を言ってるんだ?と言った感じで、彼にその意味を伝えます。

 

「え…?おまえ、知らなかったのか…。…そこにあるじゃないか。」

……。そこにある…?
俺が周りをきょろきょろと見ていた瞬間、
男は冗談でも言うかのような軽い口調でこう言い放った。



ジャムだよ。」

 

 という訳で、このJAMという小説を他の小説を一線を画したものにした要素が登場しました。

 これまで愛玩道具のように扱っていたチャオをジャムにするというまさかの行い。

 それを、僕はこの小説で表現したのです。

 

 当時の僕は、とにかく〈人と違うことをして認められたい欲〉が強くて、何とか、他の人がやったことない表現をチャオ小説に与えようと苦心していました。

 だから、ルビーチャオを見て、それがさながら、チャオ型のガラス瓶に詰まったイチゴジャムみたいだ、と考えた瞬間、バッと小説を書くネタが決まったわけです。

 そう、元々はチャオそれ自体をジャムにするという発想ではなく、チャオ型の瓶にイチゴジャムが入っているという発想が元です。でも、それではつまらないということで、前者の考え方を採用してしまいました。

 

 で、その通り、僕は週刊チャオの読者を驚かせ、目的も達成し、欲も満たしました。

 ……ただ、考えてみれば、これは自分の自己顕示欲のために、誰かを貶めても良いという、昨今問題になっているユーチューバーと変わりないんじゃないかなあと思うことも事実です。

 そもそも、人の興味を惹くこと=誰も考えつかないことをやること、ではないと思います。これを全てと考えて、悪い扱いを誰かに与えるのだとしたら、しないほうが賢明だとも思います。

 

 とはいえ、この発想が面白いということで感想を貰ったことは、見過ごせない事実だと思っています。

 もっと言えば、その他が下らないポエムやふわふわとしたストーリーで構成される中、このチャオがジャムになるという要素が、この小説全体を引き締めたという側面は否めません。

 

 だから、チャオがジャムになるという発想を、少なくとも僕は全否定もできませんし、実際問題になるかと言えば、それも無いでしょう。チャオは実在する何かしらの生物では無く、架空のゲームキャラでしかないのですから。

 ただ、同時に、これ以降、低年齢層の子も多くいるチャオBBSの週刊チャオにグロテスクな要素を与えるということを知らしめてしまったことについては、……幾ばくかの反省の念を覚えています。

 

☆JAMあるある その3 謎のマルチエンディング

 

 今や、何に影響されてマルチエンディング形式にしたかも定かではないのですが、このJAMという小説も、どうしてか、マルチエンディング形式になっています。

 多分、僕が知りうる限りで、第二期のチャオ小説でマルチエンディングは僕の作品くらいです。(第一期のチャオ小説ではいくつかあった気もします……もしかするとそこら辺から影響を受けているのかもしれません)

 

 そして、トゥルーエンド以外は漏れなくバッドエンドです。

 

 (1)ヒロインが工場の事故に巻き込まれて即死

 (2)ヒロインが真実を知り、ジャムを受け付けなくなり衰弱死

 (3)主人公自殺

 

 何ともビターな雰囲気漂うエンディングばかりです。

 ただ、トゥルーエンドも大概で、主人公が暗殺者(笑)になったり、ヒロインを富裕層から貧困層に連れ去り(笑)したりしているので、どっちが良い話なのかも中々見当尽きませんね。

 結局、どれもこれもカッコよく書いてやろうという気概があるのは良いのですが、当時の知識がその気持ちについてきてないんですよね。だから、余計に子供っぽい部分が目に付くんでしょう。仕方ないことでは、有るんですけどね。

 

 それから、マルチエンディングにすることで明らかになる何か意味がある伏線があるかと言えば、そういうわけでは無いんですよね。せいぜい、そうなる運命を避けられた、と言う程度の、簡単な分岐しかありません。

 なので、マルチエンディングを謳っていても、結局のところ、真のマルチエンディングを備えた、ザッピング主体のゲームとはレベルが全く違うものであることも確かです。

 

 ただ、当時の週刊チャオでこのエンディングが複数あるという要素も、チャオがジャムになるという要素と並んで結構ウケまして、それについての感想もいくつかいただいた記憶があります。

 今の僕は知りうる世界が広がって、多少厳しい感想も多くなるのですが、その当時は小説と言う媒体についても、僕と、それから他のチャオラーも含め、きわめて狭い世界観に生きていました。極論、インターネット=チャオ界隈と言えるくらいに。

 だから、僕がさわり程度で出した新しい要素と言うのも、少なくとも週刊チャオにおいては驚きとともに迎えられ、そして、評価される運びとなりました。

 

 世間全体で見れば使い古された考え方も、その小さい広場ではとてつもない斬新な要素になり得たという点では、中々面白い、経営学の研究対象になりそうな現象のようにも思えますね。

※ならないか……(笑)

 

☆JAMあるある その4 今なら大問題の著作権侵害

 

 その1でこの小説がいかにポエムに侵されていたかを説明しました。ただ、ポエムそれ自体はまあ、そう言う文体もあるかで、好き嫌いの観点で許す事もできる要素です。

 

 それが全部自製なら、の話ですが。

 

 というのも、このJAMという小説には歌詞っぽい小説がいくつかあるのですが、そのうち二つは、僕が書いたものでは無く、某有名ロックバンドの歌詞をパクってきました。しかも、丸々です。

 そのパクった歌詞はえーっと、小説の連番で言うと4A、5+αの二つですね。ここではバンド名は言わないですが、知っている人が見ればすぐに分かるはずです。

 いやー、クズですね。本当に。こればっかりは言い訳ができない。

 

 まー、当時のクソガキだった僕からすれば、この週刊チャオと言う狭い世界なら、多少他から歌詞をパクってきても問題ないのだろうと思っていたのでしょう。

 いやいや、問題大ありなんですけどね。

 

 ただ、救いなのは、このチャオBBSが現在、跡形も無く消え去ったということです。

 そうでなくてもビューワー数が二桁行くか行かないかのレスで、僕のパクリを見つけ、通報した方がいるとも思えないのですが、んー、高校生にもなって法令順守をしてないのはどうなのか、と反省する次第です。

 

 あと、もう一つ救いなのは、小説そのもののコンセプトをどこかからパクってきてはいないということです。

 善良なチャオラーの皆さんが、チャオをジャムにしようなんて、普通は考えないですけどね。

 

☆JAMあるある まとめ 良くも悪くも、これが当時のそれがし

 

 という訳で、功罪残る僕の週刊チャオの代表作JAMですが、結局、すべてを総合してこの小説を語るのであれば、この小説が当時の僕の全てだったということです。

 

 全体を覆うポエム感も、チャオをジャムにしようなんて言う悪辣明快な設定も、マルチエンディングっぽい癖のある構成も、単純明快に進むストーリーも、スラム等に対する見識の甘さも、ロックバンドの歌詞を引用してやろうなんて言う子供特有の法律の認識への甘さも、――これを執筆した2007年12月の高校二年生のそれがしそのものだということですね。

 僕個人的には、ロクでもない高校生だったなあと言う認識だったので、悪い点が多くなることは至極当たり前ではありますが、なんだか懐かしいなあという気分にもなりました。

 

 いろいろ思うところはありますが、当初望んでいた、色んな人に自分の創作を見て欲しい、感想が欲しいと熱望していたので、それが叶えられたという点では、JAMを書いた理由は十分にあったのではないかと思います。

 もし、この小説が無かったら、多分きっと、僕は今でも小説を書くなんてことは無かったでしょう。

 形がどうあれ、やっぱり人にウケたというのは、僕にとって価値あることで、――心に芽生えた誇りが、今もこうして、文章を書くという習慣を続けていられる数少ない理由になっていると、僕は信じています。

 

 この当時のそれがしが、今のそれがしを作ったのです。

 

 ……ただし、一つだけ、この小説が評価(というより反応)されたのは、決して、ストーリーやポエムが受けたからでは無かったはずです。(ジャムとか、マルチエンディングとかですね)

 なのに、当時のそれがしは何を勘違いしたのか、その部分が受けたと思って、その後もポエムを乱発しては、感想が来ずに、首を捻る日々を送ることになります。ちなみにJAMの続編なんかもあったりしますが、やっぱり、感想は殆ど無かったです。と言うか、ゼロだった気が……当然と言えば、当然の結末ですね。

 そこについては、まあ、やっぱり残念な奴だったんだなあ、と今でも僕はそう思います。

 

爆誕!次世代チャオブリーダー! ~それがしの実家編 

 さて、前二作が2007年執筆に対して、この小説はそこから6年後の2013年12月執筆のモノになります。何と驚きの大学生を飛び越してのそれがし社会人です。免許も取得して、初っ端、車に乗って実家に帰っています。

 話の内容も、大分落ち着いているというか、ポエム乱発はすっかり消え、年末の時期に顔を合わせた従妹(リサちゃん)と従姉の娘(ユズちゃん)が、実家にあったソニアド2バトルのチャオガーデンで遊ぶというほのぼのノンフィクションがゆったりとした文体で綴られています。

 

 ……ただし、このノンフィクション、実は結構脚色がありまして。

 

 どれが本当で、どれが嘘かと言えば、ユズちゃんの話している内容はほぼほぼ忠実なのですが、僕やリサちゃんの話している内容はもっと現実的なことばかり話してました。

 言ってしまえば、仕事の愚痴とか、しょうもない世間話とか……おおよそ小説には使えない取り留めも無いことばかりです(あと、個人情報的観点からも、色々と言い辛いものがあるという感じ)。合っているのは、双方ソニックについて知っているということ位ですかね。

 

 だから、物語内で描写したような軽口の応酬とかを除いたら、大抵、普通の平々凡々な休みを過ごしていました。

 もちろん、物語にあるような週刊チャオの話なんて一切してません。悪魔攻略戦線も、悪魔攻略戦線リメイクも、月と太陽の物語も、存在なんて一切知られていません!(そんな後々弱みになるような隙を見せることなんて僕はしません!)

 まー、この週刊チャオの下りが一番脚色が強い(と言うかフィクションの)ところでしょうかね。

 とはいえ、すべてが忠実だとしてもそれは面白味の無いものになるということで、ある程度脚色しているのも仕方ない、ということでお許し願いたいものです。

 

 でも、雰囲気は伝わったようで、読んだ感想は結構ついた覚えがあります。というより、今こうして20周年の記事を書いているメンバーから、お久しぶりです、の挨拶と共に感想をいただきました。

 また、これはあくまで風の噂なのですが、僕がこうしてノンフィクションをチャオ小説に取り入れたことで、ノンフィクション熱が上がった方がいたらしく、その後、自分の経歴を完全忠実に書き記した猛者がいるらしいです。一体何っどさんなんだ……

 

 それにしても今回改めて取り上げた3作品を全て読んだのですが、この作品だけ異色と言いますか、前までの自分と一線を画している感じはあります。

 というのも、僕は人生で二回、モノの見方がガラッと変わる経験をしているのですが、そのうちの一つが高二の時、もう一つが、大学生最終盤のときです。

 実を言うと、この3作品は、丁度、この自分変革期の合間合間に挟まっているんですよね。ちょうど「SRFBD」→高二時代→「JAM」→大学時代→「次世代チャオブリーダー」という感じです。

 

 で、もうお分かりの通り、この大学生最終盤の体験は、僕をある意味で真っ当な人間にしたというか、人と話せるレベルまで僕を引っ張ってくれました。

 小説の内容も、昔みたいな独りよがりな自分から脱却した、誰か視点での考え方をフルに使った内容へとバージョンチェンジしていきました。

 

 この僕の変化は小説だけにとどまらず、チャオラーとの関係も変えました。

 この週刊チャオ20周年の記事を書いているメンバーとも、なんだかんだ腐れ縁が続いていた関係ではあったのですが、この小説を受け入れられたことで初めて「ああ、僕もオフ会参加して、皆に会ってみようかな」と心が決まり、おおよそ僕がBBSデビューしてちょうど10年の節目に、チャオラーたちと初めて顔を合わせたのです。

 この小説を書く直前までは、本当に、人生で一番苦労した時期を潜り抜けていました。これまでやったことのない体験を延々とこなして、疲労困憊の中、ようやく普通に就職できる道を探し当て、働き始めた直後だったのですから――。

 

 それから、もうずっと触ってなかったチャオという存在ともう一度向き合おうと考えたのは、他でも無い、従姉の娘さん――ユズちゃんがチャオに興味を示してくれたことでした。

 正直、こうして小説にする予定は当初無かったので、あんまり従姉のリサちゃんの会話とかを詳細には覚えていないのですが、彼女の話とか考え方は、幼い子供らしくて可愛かったので、結構覚えていたりします。

 だから、チャオに対する感想――「かわいい」とか「くまみみ」とか言っていたのもよく覚えています。

 

 子供とは本当に良いものですよね。

 なんだか、色んな淀みをスッと洗い流してくれるようでした。

 

 なので、そんな経緯もあって、この小説だけは、他のそれがしの小説と違って、大分落ち着いていますし、自分で言うのも気恥ずかしいのですが、優しさに満ちた話になったなあとしみじみ感じます。

 

 ちなみに、当時6歳だったユズちゃんも今や11歳になりました。

 僕はこのころと変わらず、似たような仕事をしていますが、子供の成長は早いもので、もうかれこれこの時以来会っていませんが、LINEで見せてもらった写真には、大分大人びてきた彼女の姿がありました。リサちゃんに似て、中性的な顔立ちの、ちょっと垂れ目な女の子です。

 直接会ってないんで、あまり詳しい近況は聞いていないのですが、どうやらアニメとかそう言うのに造詣が深いらしく、ニチアサのプリキュアシリーズ、戦隊ものシリーズは未だに欠かさず連チャンで見ているらしいです。(昔見たく、キラキラしてて可愛いという感覚よりは、本当に、面白いから見てる、という姿勢らしいです)

 もちろん、年相応にアイカツシリーズとかも見ているようではあるのですが……まあ、年齢層とか関係なく、アニメやゲームそれ自体が好きとのことで、この家系はそこはかとなくオタク気質が強いので、彼女もきっと将来は立派なオタクになっているんじゃないでしょうか?

 そうだとしたら、僕個人としては、嬉しいんですけどねー。

 

 ただ、一つだけチャオラーの皆さんに残念なお知らせがありまして、今はユズちゃん、もうチャオゲーはやっていないそう。

 うーん、次世代ブリーダーの育成ならず、僕個人としてもちょっと残念です。

※僕らの黒歴史を覗かれないだけ、運が良かったと捉える向きもありますがね……(笑)

 

 あと、さらにどうでもいい話ですが、僕よりもリサちゃんの方が背が高いです。(僕171センチ、リサちゃん173センチ)

 元々某スポーツの有力選手だったらしいですし、それ相応にガタイも良いので、喧嘩したら多分負けますね。ええ。僕は只のメタボおじさんですから……。

 

最後に それがしのこれからについて 

 ……という訳で、僕の印象に残った三作の紹介(および反省)は以上です!

 思った以上に語ることが多くて、文字数がすっかり10000字を超えてしまい、読む側にも負担をかけて申し訳ないです。

 

 最後に、今僕がどんな活動をしているかを簡単に紹介します。

 

 チャオ小説に関しては、次世代チャオブリーダーと、もう一つ、酔った勢いで描いた絵無し漫画の小説を最後に、執筆が止まっています。

 もう、記念日に向けた執筆は今回が最後だとは思っていますので、今回を機に、チャオ小説に区切りをつける意味でも、執筆をしてみようという気持ちはあります。

 ただ、今回の20周年で小説を書くかは未定です。

 何せ、社会人になって五年も経ちましたから、多少色々やることも増えて、小説に取れる時間も減ってしまいました。構想が無いわけでもないので、ここで明確に書くかどうかの意思表示は避けます。

 もし、アップされていたら、感想着けていただけると大変ありがたいです。

 

 歌詞という話については、今僕はドラムをやっていまして、それがずっと続いています。ただ、歌詞を書くという趣味自体はもうすっかり無くなってしまいましたね。僕なりに、音楽とどう向き合うのか、踏ん切りがついたのかもしれません。

 もし、いずれ出来るならDTM(うちにはcubaseと49弦MIDIキーボードがあります。今は埃をかぶっています)を用いて作曲なんてできたらなと考えています。そこで、機会があれば、歌詞も書いてみたいなと言う気持ちはあります。

 今の価値観で、どんな歌詞になるのか、それはそれで楽しみな気がします。

 もっとも、実現するかは全くの未定ですが……。

 

 小説そのもの、と言うより、創作全体に関して言えば、チャオとは全く関係のないところで小説を書いたり、イラストを描いたりしています。

 pixivというサイトです。聞いたことはあるんじゃないでしょうか。

 つい先日、フォロワーが100人を超えました。

 感想もコメントとしていくつか頂けるようになりました。

 確かに人気作家の足元にも及ばない数字ですが、……チャオ小説の時代を考えると、その数字には感慨深いものがあります。その時の僕がずっと待ち焦がれていたものですからね。

 

 ただ、そのpixivで僕の作品が評価された点が興味深いものがありました。

 というのも、JAMの時代はトリッキーな構成や、驚きのコンセプトに興味が集まっていたのに対して、今、僕が書く二次創作の小説については、平凡な内容ではあるものの、その描写の仕方、会話の内容に惹かれたと感想を頂けることが多いからです。

 

 つまり、週刊チャオで僕が他人から評価を貰うために必要だと考えていたこと――奇抜な発想、複雑な構成は、創作において必要不可欠では無かったのです。

 ただもっと素直に、見て聞いたことを自分の感性や言葉で伝えれば、それで十分なのだということを、この対比は教えてくれた気がします。

 

 ……(前略)……

 未だに私は、人と話すときは、何か話題を作っておかないといけないとか、そういう無駄な前準備をしようと考えてしまう。

 もう今更、それが間違っていることなんて知っている。

 いろんな人から、私は同じことを言われた。

 

 私の話すことに興味があって、私のところに来たわけじゃない。

 私と会いたいから、私のところに来たのだと。

 

 今僕が書いている小説の一部抜粋です。

 もちろん、僕自身が、人に会いたいと思わせられるくらいに魅力的な人間になれた自信はこれっぽっちも存在していないのですが、ただ、志向としては、そうでありたいといつも思っています。

 

 斬新な発想、複雑奇怪なストーリーといった飛び道具は、時にその人に大きな成功をもたらします。

 ですが、結局のところ、その成功を持続させるのに必要なのは、その人自身の魅力、小説と言う話題に絞って言うなら、作者の考え方、価値観そのものです。

 内容をどのようにして読者に上手に伝えていくか。

 僕が常に思い悩んでいる点ではありますが、方向性に迷いはありません。

 きっとこれからも、平凡な物語に、僕なりの色を添えて、読者の皆さんにお届けしていくのだろうと、確信しています。

 

 これからも、僕は体力の続く限り、こうした創作活動や音楽活動を、仕事をしながら続けていく予定です。

 週チャオ時代に種は撒かれました。

 長い冬の期間を経て、最近ようやく、芽を出しました。

 体力が下り坂になるこの歳にようやく見られた僕の創作の芽は、僕が生きている間、どこまで成長するかわかりません。でも、一輪だけでも、僕色をした花が、風にそよがれながらゆらりと揺れている様を見てみたいなと思っています。

 なんだか、ポエムっぽいことを言ってますね。わざとです。

 でも、そんな素敵な瞬間が来ることを常に祈りながら、今日も一日、元気に過ごしていきたいと思います。

 

 それでは、長くなりましたが、ここまで僕の「チャオと小説と黒歴史」シリーズを見ていただき、ありがとうございました!

 ぜひ、週刊チャオ20周年の宣伝も、よろしくお願いします!!