週刊チャオ、まだあります

かつてチャオBBSにいた全ての人たちへ、ぼくたちはまだ"週刊チャオ"にいます。

チャオワールドはぼくをワクワクさせてくれる

こんにちは、ろっど(ID:015498)です。

このブログが始まったのは2018年の7月26日。もうすぐ5ヶ月もの連載になります。

そして、このブログを通した皆さんとのコミュニケーションは間もなくお別れになる。

今までぼくが書いた記事といえば、

  • 今年はチャオ生誕二十周年です
  • そして、デスクロウ!
  • ろっどの痛い発言ランキングベスト3!
  • 網膜、剥がれました!
  • 感想コーナー返信ゼロ件

と、まともな記事がひとつしかないように見えますね。

さて、したがって今回は少し真面目なお話です。

「ワクワクするゲーム」について。

 

 

ゲームはいずれ飽きる

 

ソニックアドベンチャー2バトルの世界は、十数年の時を経て尚、ぼくの心をワクワクさせてくれます。

その理由のひとつにチャオワールドがあることは疑いようもありません。

でも今はチャオをやっていません。飽きたからではないです。

チャオよりも遥かに短時間で同じくらいのワクワクを享受できるものが他にもたくさんあるからです。

だからチャオワールドには飽きていません。

ぼくはいろんなゲームを遊んで来ました。大抵のゲームはやったことあるし、見たことあると思います。

ただ多くのゲームは長く遊んでいると飽きが来るんですね。女や食事と同じように。

食事に飽きるのも女に飽きるのもゲームに飽きるのも、全部同じようなものなのかもしれません。でもちょっとずつ何かが違うな、と最近は思っています。

じゃあ、一体この「飽き」って何なんだろう。

ぼくは最初この「飽き」というものを知りませんでした。自分にそれが来るなんて思ってなかった。

だって、ずっと昔に一度遊んだだけのゲームですら未だにぼくをワクワクさせてくれる。

「飽き」というものを、多くの人は消費し終えたというふうに考えるんじゃないかなと思います。

美味しいご飯の美味しいところを食べ尽くしたから、もう飽きた。

この女はもう知り尽くしたから、もう飽きた。

実は飽きと言ってもいろいろ種類があるんです。一言で言えば「欲求が満たされた」なのですが、欲求にも種類があるように、飽きにも種類があります。

でもたぶん「飽き」というのは、本当におもしろいものにはなかなか来ない。

無限にワクワクを生み出してくれるものがきっと存在する。

 

ワクワクさせてくれるゲームって、一体どんなゲームなの?

 

ワクワクさせてくれるゲームは、「法」「知恵」「冒険」という三つの要素に分解することができます。

簡潔に説明するとこうです。

「法」……ゲームのルール。できることとできないこと。

「知恵」……プレイヤーのスキル(技術)や発想。

「冒険」……ストーリーやクエスト。未知。

この三つの要素が強いゲームは、無限にワクワクさせてくれます。

では、ソニックアドベンチャー2バトルを例にもう少し分かりやすくしてみます。

「法」……キャラクターにより異なる3パターンのアクションと、チャオの育成。

「知恵」……タイムアタック。チャオの色×進化パターン×二次進化パターン。

「冒険」……ストーリーやチャオの繁殖、進化。

ちょっとこれでも分かりづらいですね。文章では説明しづらいのです。

 

「法」とはゲームのルールのことで、何ができて何ができないのかということです。

ソニックは走ることと、敵を倒すことしか基本的にはできません。

それは「ソニックらしさ」とも言われています。でも、ぼくは「ソニックらしい」作品である近年のソニックはあまりワクワクしません。

ソニックアドベンチャーシリーズの良いところは、キャラクターによってアクションが異なるという点だと思います。

今更何言ってんだと思うかもしれませんが、重要なのは「いろいろな遊び方ができる」という点なのです。

そこで「知恵」のお話に繋がります。

「法」がいろいろな遊び方を許し、いろいろな遊び方を許されたプレイヤーが「知恵」で「これができそう」を「できる」にする。

チャオで言えばツヤ黄色ピュアでシャドウチャオを育ててスーパーシャドウに見立てるとか。

これをぼくは「法に対する干渉力」と呼んでいます。

「法に対する干渉力」の高いゲームはプレイヤーの数だけ遊び方が広がって行きます。

ひとえにゲームプレイヤーというものは、自らの力でルールに打ち勝った時にものすごい快感を得る生き物だということです。

せっかくの知恵も法に走ることと敵を倒すことしか許されないのでは、いろいろな遊び方はできません。

いろいろな遊び方ができないということは、それだけ遊びきるのが早いということで、知るのが早いということです。

「冒険」の終わりが早いのです。

全てを知ってしまえば冒険は終わります。どんなに広大に見える平原でも、天井が見えてしまえばそこが部屋でしかないのだと気づく。

この三つの要素は密接に関連していて、かつ独立しています。

未知への挑戦、知ることの喜び、法の中で遊び、知恵で法に干渉する。

これらが掛けて合わさることでゲームに飽きは来ません。

ですが、この三つの要素になくてはならないものがあります。

それが「人」です。

 

「人」が変化をもたらす

 

三つの要素は、多くの「人」がいてこそ成り立ちます。

いろいろな遊び方ができて、その可能性が無限大に広がっているということは、ひとりが思い付く遊び方には限界があるということです。

そしてこれも「冒険」のひとつです。

知らない世界を知ること。自分とは違う遊び方をしている人を知ること。

毎回同じ味付けで食べていれば、食事にはいずれ飽きることでしょう。

毎回同じ女では飽きることでしょう。

しかし、「人」は変化をもたらします。違う味付けを考えるのも違う女にするのも、人の知恵次第。その知恵を法に許されているかどうかが、ゲームの真価とも言えます。

だからこそ多くの人がいること、いろいろな人がいることが大事なのです。

そういう場所は必然的に楽しいものになります。

ダイバーシティ効果、というものがあります。

異なる性質を持った個人を集めてお互いに刺激しあうことで革命的な発想が生まれる、といった経営用語です。

我々は法に知恵で干渉することに喜びを感じる生き物です。

なぜなら、そこに「未知」があるからです。

法の中には知っていることしかありません。

けれど法を抜け出す知恵は、時にひとりの力では搾り出せないこともある。

そういう時、多様性を持っていて、それをお互いに尊重できるコミュニティは強い。そういうお話です。

法から抜け出し未知に挑み、また未知を生み出すのもまた「人」なのです。

だから「人」は飽きないのです。

 

冒険の終わり

 

そんなこと言ったって、知らないことを知って行けばいずれ全部知ることになるじゃん!そのうち飽きるじゃん!ウソツキ!と思ってるそこのアナタ。

その通りです。

食べれば食べるほど美味しいものは減って行って、消化すれば残るのはきれいなお皿です。

きれいなお皿を見た時、あなたはもう一度食べたいと思うでしょうか。それともしばらくハンバーグはいいやと思うでしょうか。

それとも、もっと美味しいものが食べたい、と思うでしょうか。

どうせ飽きるのなら、飽きないゲームなんてないじゃん。矛盾してるじゃん。そう思うのも無理はありません。

だけどぼくは、どうせなら全てを知り尽くさずにはいられないのです。

飽きないゲームがどこかにあるかもしれないって思いたいじゃないですか。

美味しいものが目の前にあったら食べたいし、気になる女がいたら手を出してみたくなるじゃないですか。

だってぼくゲーマーだもん!!

それに、知らないことを全て知った先に飽きがあるとするなら、どうしてチャオワールドは未だにこんなにもぼくをワクワクさせてくれるんでしょうか。

そんなこと誰にも分からないし、きっとぼくは分かるまでずっと考えて、分かったら飽きてポイしちゃうんでしょう。

でも、分からないうちはずーっとワクワクさせてくれる。

チャオワールドは、ぼくにとって未開の惑星なのです。